千影が見た風景 第2章 その1

千影が意識を取り戻したのは床の固さと冷たさに寝心地の悪さを感じたからだ。そんなに長くは気絶していなかった筈だ。空腹感はそれ程でもない。おそらく、2、3時間ぐらいだろう。

失った時の意味を考えると目を開けるのが怖かった。無縁とも思えた恐怖と心細さが千影の心境を圧迫して行動する勇気を妨げていた。こんなにも心細いと感じたことはあっただろうか? 自問し、考える。もうすべてが終わっている。暖かい家族、仲の良い妹・・・・・そして兄。

だが、思い出も未来も失ったわけじゃない。何もかも失うことで『兄くん達の未来』を天秤にかけたら向こう側に傾いただけ・・・・あの時、そう決心したじゃないか・・・。千影はもう一度、決心を新たにして落ち着いて考える。

時間以外に、なにもかも無くしている筈だ。自分で決めたから。だが決心と現実には、いつだってどうしようもないほどの溝がある。不安・・・・。自らの死を選べたらどれほど楽だろう。これから受ける屈辱も苦痛も無縁でいられる。だが、あの男は、終わりにしたりはしないだろう。私の受ける苦しみをすべて他の妹達に与え、兄くんは・・・・・

 千影がうっすらと目を開けると黒い鉄格子が迫るように立っていた。部屋は薄暗く、不気味に静まり返っている。どこだろうか? まったく心当たりの無い部屋だ。

 静かで暗い部屋。臭くも無く、寒くも無い。何も無い部屋。床の堅さと鉄の匂いだけが檻の中の少女に与えられた情報だった。

 いよいよ身を起こそうと四肢に力をいれる。手先の感覚が無い。足に力が入らない。当たり前だ。そう自分で決めたんじゃないか・・・。

 千影は随分迷ってから目をしっかり開けて自分の全身を見る。いや・・・・『確認』した。

 肘と膝の下がそっくり鉄製の棒ッ切れに変わっていた。指や平に当たる部分も無い。只の棒が生えている。自分で選んだとはいえ、中々受け入れられるものではない。

「・・・・兄くん・・・・私が・・・私がこうなった理由を知ったら・・・・怒るだろうか? それとも・・・・フフフッ。 兄くん・・・ああ・・・また会えると・・・会えれば・・・いいね」

 ぎこちない動きで体を起こして檻に重い音をたててよりかかる。狭苦しい天井、背中に当たる冷たい格子が心地よい。

「さて・・・・・どうするかな・・」

 自分の手足を見れば無骨な鉄棒が生えている。見ていても気持ちの良いものじゃない。

 いろいろと考えても碌な考えが浮かばない。

考える暇も無く、部屋の外から足音がしてドンドン近づいてくる。顔の無い人型の人形がドア、というかドア型に窪んだ壁が割れて入ってきた。まっすぐ千影の入った檻の前に立つ。陶器のような白いヌルリとした妖しい質感。動く人形、パペットと呼ばれる人型の魔造人形。

「・・・・・どうやら君が・・・・わたしの・・・・『御主人様』のようだね」

 ボウリングのピンみたいな頭におもむろに自分の手を突っ込む。めり込んだ腕は頭部に溶けるように沈んで、止まったかと思うと手が引き抜かれ鎖を吐き出すように引きずり出した。

「・・・・・・・・・・・・」

 鎖の意味を考えると、千影はとても愉快な気分になれそうだった。

 

 解説

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