千影が見た風景 第2章 その4
ハエは千影の鎖を引く。手足が無い犬にされている少女はなすすべも無く床を滑るように引きずられる。抵抗し踏ん張ろうとしても四本の鉄棒は音を立てて石床に腺を引くばかりだった。
部屋の隅にある檻の前から中央に移る。ハエは鎖を床に突き出ている鉄杭に引っ掛ける。文字通りに引っ掛けただけだ。それだけでも千影にとっては移動の自由を奪うには十分だった。
指が無いのだ・・・。鉄棒ではどうやってもフックを摘んで外すことなど出来ない。
「どうだい犬になった気分は!! たったこれだけでも絶望的な気分を味わえるだろう」
胸の真中にある下品な顔は、とても愉快そうだ。
「そうだね・・・・・こんな下品な顔を見ていかなくちゃいけないと思うと・・・・・絶望的な気分に・・・・なるな」
哀れみでも憐憫でもない。千影は千影らしく優しく微笑みを浮かべた。こんな滑稽な男が喜ぶことなどしてやるつもりは毛頭なかった。挑発したつもりはなかった。これが一番自分らしい顔だと思ったからだ。
「ぐぎぃ」
奥歯をかみ締めて悔しがるハエ。決して醜い部類に入る顔立ちではないのに、男の顔は不快で、病的で醜かった。
「は・・・ははは・・・言うじゃないか・・・・まぁ、寛大な・・わ、わたし・・・はーはーはー(深呼吸している)は、ちっとも動揺なんかしないがね」
「そうかい」
即答だった。自然になんのこともない返答。それが余計に無限にも肥大した自尊心を傷つけた。
「この」
空気の色が変わるような怒気。肌に突き刺さる激しい感情。
千影はびくんと身体を震わせた。無意識に恐怖で頭より身体が反応してしまった。本当は泣きたいぐらい怖くて不安なのだ。だが、逃げることも肌を隠すことも出来やしない。このまま少しずつ臆病で弱くなってしまうじゃないか、そっちの方がよっぽど怖い。ただ、じっと耐えるしかない。そして耐えた先に名にも待っていない。
これ以上考えちゃいけない。千影はそう自分に言い聞かせた
そんな優位にハエの幼稚な知性が気づくわけもなく、尊大な自尊心が余裕を見せつけることと、幼児に等しい自制心が千影を殺せと叫んでいた。まったく身勝手な葛藤に千影は晒されていて、全裸でうつ伏せになっていた。
「・・・・・・・」
犬にされた無抵抗の少女を見下ろし睨みつけた。
どうやら自尊心の方が僅かにまさったようだ。来たときとは正反対に慌しく部屋の外に出ていった。
「・・・・・ふぅ」
足音が聞こえなくなってから随分経ってから安堵の溜息を吐いた。
「やれやれ・・・・・・・」
そう口にして涙が溢れそうになった。堪えても堪えても悔しくて泣きたくなった。でも千影には涙を拭く指すら持っていなかった。
解説
ようやくというか・・・・はじめて凪さん以外から外道小説の感想を頂く、調子こいてさっそくUP。いきなり2章なのは、1章がつまらなかったから、もしかしたら超箇条書きバージョンとか、永遠に未公開とかやりかねない管理人・・・。
思いのほか好評で(マジで引かれているかとドキドキです)胸を撫で下ろすばかりです。
ちなみに、今回の執筆時間35分。誤字とかあったらごめんなさい。それでもゆっくり書いてるんです。いつもは、この時間で3000時前後、このシリーズは1400前後。密度的には倍の時間をかけています。
まぁ、時間より読者にしてみれば内容でしょうから製作時間なんて言わない方がいいですね。参考になるかなっと思いまして。